偏差値30でも諦めないでください~偏差値倍増計画実施中
01 偏差値とお子さまの可能性は違う
よく保護者の皆様から「うちの子は出来が悪くて、偏差値低いから」といった言葉を聞くことがあります。もちろん、謙遜して仰られていたり、愛情を込めて表現されているのですが、偏差値と出来の良さを結びつけて考えるのは、少なくとも中学受験・高校受験・大学受験の範囲内ではあまり適切ではありません。大学受験までの勉強や入試制度は、とくに生徒さん本人の地頭や出来の良さを問うものではなく、相対的に教科書を基本としていかに学習しているかどうかを問う内容になっています。もちろん、教科書を基本として学習するわけですので、覚えの良い悪いといった記憶力の差は出てくるでしょう。
しかし、記憶力に個人差があることは当然としても、偏差値ほど差が出るものではありません。私自身、よく「俺(私)は記憶力が悪いから」といって、たとえば英単語の暗記が苦手であったり、社会の用語を覚えるのが苦手であったりする生徒と出会うことが度々ありますが、その子の記憶力が、たとえば私と比べて半分しかない、などということは今まで見たことがありません。どうでしょうか?記憶力に二倍も差があるというような事態、分かりやすく具体的にいえば、何でも何か指示を出すときには二回言わなければ覚えることができないなどという人を見たことがあるでしょうか。二度も同じ指示を出さなければならない場合の多くが、相手がきちんと話を聞いていないことなど集中していない場合やそもそもまるで興味が無い場合、あるいは他のことに気が散っているという場合が殆どでは無いでしょうか。
もちろん、仮に、人の半分程度しか記憶力のない生徒がいたとしても、簡単にいえば、人の二倍努力すればその差は補えるものです。実際、生徒に確認してみると、暗記ものが苦手だと言っている生徒ほど、努力していません。もちろん、記憶のメカニズムは複雑なので、当塾では無理に覚えようとしないよう(忘れても大丈夫だ)と英単語の暗記などを指導していますが、それでも英単語帳をたった一回見ただけとか、そもそも途中で飽きてしまうというケースが「案身が苦手」な生徒の実態であり、実際に記憶力が悪いということは殆どあり得ないと思っています。
私が好きなある著名な英語講師などは、「私は新しい英単語を覚えるのに300回は発生し、聞き、書いている」とよく言います。その上で、生徒に対して「君たちはそこまでやった上で、覚えられないとか、記憶が苦手だといっているのかい?」と問うています。彼は有名な名門大学出身で、英検1級・TOEIC満点で、英語の講師として日本でもかなり有名な講師です(ここまでいうと判る方は判るかもしれませんが)。しかし、そんな彼もそれだけ努力した上で英語ができるし、英単語を覚えているわけです。
また、最初にお話ししましたが大学受験までの学習というのは、スポーツや芸術などに喩えていえば、基本稽古のようなものです。確かに、生まれつきの才能がなければ、大谷選手のように大リーグで二刀流で活躍することもできないでしょうし、そもそもプロ野球選手になることも難しいでしょう。しかし、大学受験までに求められているのは、そうした才能(センス)ではなく、地道な練習量です。野球でいえば、素振りを1000本、50メートルダッシュを10本するとか、そういうレベルのことが求められているわけです。なので、ここには才能や特殊な能力は求められていません。いかに真剣に素振りをしているか、どれだけ一生懸命走り込んでいるか、それが問われているわけです。
もちろん、昨今の入試では「考える力」を重視するようになってきています。しかし、それはあくまでも「最低限の知識」を前提としての「考える力」です。昨今、高校の授業などでは、「考える力「歴史を批判的に検証する力」を『歴史総合』という新科目が設定されましたが、高校の教員の間では「そもそも基本知識や前提知識なしに一体何を批判したり、話し合ったり、考えたりすることができるのだろうか」と議論にさえなっています。また野球の例でいえば、野球のルールを覚えたり、打ち方の基本を覚えてからじゃないと「考える事」も「批判すること」も難しいのに、『歴史総合』などでは、「打ち方の基本」を教えながら、「打ち方についての批判的検証や考える」ということを要求しており、実際問題としてそれを行うのは困難ではないかとという問題です。
確かに、昨今はGoogle・チャットGPTなどの登場で、人間の知識量の多寡はもはや重要ではなくなっています。また、チャットGPTなどAIを考えると、表現力や考える力もある程度コンピューターが行ってくれそうです(シンギュラリティとまではいかなくとも)。しかし、大学受験までで大切なのは、そうしたGoogleやチャットGPTを使いこなせるような、前提となる知識を習得しているので、これらの動向はあまり関係ないのかも知れません。
文科省の教育方針に若干の勇み足がある一方、やはり、大学受験、高校受験、中学受験では、やはりそうした基本知識を前提として考える力を問う問題を作ってきています。もちろん、「考える」ことは必要なのですが、それ以前に「最低限の知識」を知っていることが当然前提とされた出題がされています。
少し前置きが長くなりましたが、そういうわけで、大学受験までの勉強や学習習熟度は、「今」から、真剣に取り組み直せば、幾らでも挽回が利くものであり、さらに才能(センス)や特殊能力や多少のハンディキャップなどもあまり問題ないということです。きちんと学習しているか、あるいはこれは教師の側の問題もありますが、生徒が理解するまで、あるいは生徒が聴く耳を持つまできちんと伝えられているかということが重要であるわけです。
その意味で、そうしたきちいんとした「正しい努力」(ウサギ跳びではなく、スポーツ科学に基づいたトレーニングのようなもの)と教師の側の「適切な発信、指導」さえあれば、生徒さんの学力は飛躍的に向上します。それは冒頭に表題と掲げさせて頂いているように、偏差値倍も無理ではないのです。もちろん、既に偏差値50以上ある生徒さんを倍にすることは無理ですが、偏差値30台の生徒さんを偏差値60にすることはそこまで難しいことではないのです。
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武蔵境・東小金井・武蔵小金井の完全個別指導型学習塾「武蔵野個別指導塾」の教育理念
【監修者】 | 宮川涼 |
プロフィール | 早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員。元MENSA会員。早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。一橋大学大学院にてイギリス史の研究も行っている。 |
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