東京大学(東大)の問題で学ぶ現代文~『東大入試志向の国語「第二問」』から読み解く
東大の問題で学ぶ現代文講義です。東大の問題が良問であることは本サイトの様々な記事で紹介してありますが、とりわけ、1980年代くらいまでの東大の問題は、国語のみならず、すべての科目において、今の視点で見るとかなり時代の先取りを行くような自分の頭で考える事を重視した問題を出していました。そこで、本記事では、東大の昔の良問を通じて現代文をより理解出来るよう学んでいきましょう。
次の二つの詩は同作者の作品である。 作者の見方、感じ方について、各自の感想を百六十字以上二〇〇字以内で記せ。
- 「積もった雪」
- 上の雪
- さむかろな
- つめたい月がさしていて
- 下の雪
- 重かろな
- 何百人ものせていて
- 中の雪
- さみしかろな
- 空も地面もみえないで
- 「大漁」
- 朝焼け小焼けだ大漁だ
- 大羽鰯(おおばいわし)の大漁だ
- 浜は祭りのようだけど
- 海のなかでは何万の
- 鰯のとむらいするだろう
- 【出典『金子みすゞ全集』JULA出版局、以下金子作品同】
- (東京大学「国語」第2問、1985年)
1985年3月、東大の国語の問題の中でも際だって意表を突く問題が出題されました。当時全く無名だった詩人、金子みすゞの書いた短い詩が二つ並び、それらの作者の見方や作者の感じ方について書くという衝撃の問題でした。これは、東大の入試現代文のエッセンスを凝縮した簡潔且つ含蓄を含んだ良問と評される業界では有名な問題となりました。1999年まで東大の国語には、他の大学にはあまり見られない「200字作文」というものがあり、ある文章について受験生の感想や考えを60字以上200字以内で記すことを求める問題形式がありましたが、東大には、いわゆる国語の解法テクニックを駆使して問題を解いていく優等生をはねのける問題があり、そうした東大の心意気を先鋭に出したのが本問であると言えます。いわゆる受験国語という読解力を求める問題とは一線を画している問題です。もう少し分かりやすい言葉を言えば、これは小学生の頃の感想文に近い問題であるということです。しかし、単なる感想文に点はつけようもありません。実際の赤本や解説本による模範解答を少し見てみましょう。
まず、定番の赤本シリーズではこう書かれています。
「二つの詩に共通しているのは、人知れぬ所にある悲しみ・苦しみに寄せる同情だと思う。地面に積もっている雪の気持ちなど誰が考えるであろうか。なかでも『中の雪』の『さみし』さを人々は忘れがちである。また大漁の浜辺で誰かが海の中の鰯たちの仲間を失った悲しみを想像するだろうか。しかし作者は大漁を喜ぶ人々に同調するより、まずそのかげに泣く多くの弱い者たちに共感している。」
とあります。次に、売れっ子作家としてもTVなどにもよく出演している齋藤孝『齋藤孝の読むチカラ』では、このように答えています。
「この詩では、見えないところにあるものを見ています。雪の中もそうですし、海の中もそうですし、いわば視覚的に隠されている部分です。そのような、目には見えないものを見る力が求められます。つまり、想像する力が必要だということです。端的に言い換えれば、『声なきものの声を聞く』ということです。」
と。これらの二つの解答に共通していることは、いわゆる「いいこと」です。少し冷たく言えば、道徳的でまさに「優等生的な解答」といえるでしょう。確かに、金子みすゞの詩は、「『小さなもの、力の弱いもの、気づかれないもの、忘れがちなもの』を話題として取り上げ、焦点を当てている。弱いもの、小さなものは、一般に見過ごされているが、みずゞは『それに気づく大切さ』を提示し、主題として結論づけている。」(大阪教育大学のHPより引用)と一般的に解釈されています。もちろん、金子みすゞが評価されたのは、東大の入試で取り上げられた年より少し後からなので(東大が取り上げたことで評価されただけというわけではありません)、まだ無名であったこの時期に、研究成果も禄に出ていない中、上の二つのように解答することは十分合格点レベルに達しているのかもしれません。
しかし、東大は、このような「金子みすゞの文学史的な意義」を問うているわけでは当然ありません。なので、上の大阪教育大学のHPに記載されているような解答は当然求められていないでしょう。その上で、当時無名だった詩人の、たった二つだけの詩を取り出して、その二つの詩に共通しているもの作者の見方・感じ方について」の感想が、たくさんの金子みすゞ作品の共通点を前提とした解釈を求めることはできませんし、あるいは、そのような彼女の詩の他の詩人と比べての独特さを問うているわけでもないからです。
それに、もう少し意地悪く言ってしまえば、これら二つの作品は「いい人コンテスト」のような解釈に陥ってしまっています。確かに、詩に登場している雪も鰯も苦しんでおり、そしてその両者とも声を発することがないものです。そこで、そのことをもって、「声を持たない弱者の苦しみに共感する感性」を読者に呼び覚ますものと解釈することは不合理ではありません。むしろ、よい子が書く感想文のように見えてしまいます。詩の解釈というのは、本来正解はありません。
いや、それは詩に限らず、文学というもの全般に言えることでしょう。もう少し哲学よりな視点でいえば、評論文はもとより自然科学ですらが、解釈は多様であり、唯一の正解を受け入れないものではないでしょうか。たとえば、現代では一般にも見聞きする機会が多くなってきた量子コンピューターで話題となっている量子力学などは、この世界ですらが多世界解釈として、世界は無数に分岐していて無数に存在すると考えられています。とりわけ、本問が出題された時代は、1980年代まっただ中であり、1983年には、当時一世風靡した浅田彰の『構造と力』が既に出版され、構造主義やポスト構造主義に関心が集まり、ポストモダンやニューアカ(ニューアカデミズム)といった言葉が流布し、現代思想がオシャレに感じられた時代です。まあ、こういう言い方自体が現代から見た見方で少し嫌味っぽいかもしれません。
しかし、少なくとも、敢えて無名の詩人を取り上げ、そこに何かを読み取るという問題を出す際に、道徳的で優等生的ないい子ちゃんの解答が求められていたのでしょうか。もちろん、これをある意味逆手にとって、そのような時代だからこそ、逆にいい子ちゃんを演じることの痛快さがあったと考え、それを偽善的に田中康夫が1980年に発表した『なんとなくクリスタル』のように嘲笑するのであれば、まだ面白みがあるかもしれませんが、面白おかしくするわけでもなく、「弱者の苦しみを訴えた」などと、まるで低学年の道徳の授業のような解答を東大が求めたとは考えがたく思います。
その意味で言えば、先に挙げた二例の解答は、1980年代の思想史的状況や文化史的状況に無関心過ぎ、更に言えば、「次の二つの詩は同作者の作品である。 作者の見方、感じ方について、各自の感想を百六十字以上二〇〇字以内で記せ。」と書いてある課題に対して、「同情」や「弱い者たちへの共感」という解答はあまりにもお粗末と言わざるを得ないでしょう。まだ、齋藤氏の解答の方が、赤本よりは良いのは、そうした感情論のようなものには距離を置いている点で、採点者からは高く評点されるに違いありません。しかし、「見えないものの見る力」というのも、サンテグジュペリの『星の王子様』と、この無名の詩人の詩が同じようなものになってしまうという意味で、やはりユニークさに欠けると思えます。
といっても、何も私は時代に迎合すべきといっているわけではありません。時代が構造主義やらポスト構造主義(今ではこの言葉は悪口のように言われる言葉ですが)を追っていたといえ、それをただ敷衍して解釈をするのであれば、それは確かに知的で、学問に敏感な若者であるとはいえるとはいえ、やはり博覧強記の優等生に過ぎません。もちろん、優等生が悪いと言いたいわけではないのですが、もし仮に本問で優等生的な解答を求めているのであれば、無名の詩人を登場させることも必要なければ、わざわざ感想を書かせる必要も無いからです。金太郎飴のような解答を求めて問題を作成するのであれば、もっとオーソドックスな、それこそ知識の多寡を問う問題を出せばよいでしょう。
実は、この問題を私が今頃取り上げたのは、竹内康浩の『東大入試志向の国語「第二問」』という本を元ネタにしているからです。この本もまた、大変話題になり、それこそググれば書評やメディアへの取り上げられた様子も窺い知ることができます。竹内氏は、簡単にいうと、存在することそれ自体の罪や死という問題に本問の解釈を寄せて解説しています。私はそれも素晴らしい解答であると思うと同時に(実際、彼の分析によると東大の現代文では死をテーマにする問題が多いという事実もあり)一つの、先述した二つの模範解答よりも、おそらく高い評点を与えられるような解釈であると思います。
しかし、私は、浅田彰の『構造と力』に書いてあるような見方、それは具体的には「シラけつつノリ、ノリつつシラけること」を重視した浅田氏のような解釈こそ東大が求めていた解答のように思えてなりません。1980年代は、レーガノミックスと呼ばれる新しい経済政策が打ち出され、それは小さな政府をスローガンに、市場の自由競争に景気回復の道を託すものでした。経済の効率化の名のもとで、様々な公的サービスの給付が打ち切れれていく「新自由主義」の幕開けの時代でした。
それと同時に1983年9月、多くのアメリカ人を乗せた韓国の旅客機が領空を侵犯したとしてソ連の戦闘機に落ち落とされました。当初、事件への関与を一切認めなかったソ連でしたが、日本の自衛隊が傍受したソ連軍の交信記録が公開されると、「軍用機を間違えた」と撃墜を認め、当然アメリカではソ連への反感が高まり、抗議運動が広がっていきました。事件の半年前、レーガンはソ連を名指しで「悪の中心である”悪の帝国”だ」と批判していました。
また、1984年、ロサンゼルスオリンピックが開幕されます。冷静状態のソ連を初めとした社会主義国は軒並み参加をボイコットしていましたが、派手な演出と商業主義蛾導入されたスポーツの祭典は、アメリカの力を見せつける大会でした。アメリカの選手が躍動すると、スタジアムは「USA!」の大合唱に包まれ、陸上短距離のカール・ルイスは100メートル走をはじめ四つの金メダルに輝き、強いアメリカを象徴するヒーローとなりました。
また、当時マイケル・ジャクソンと並んでMTVから誕生したもう一人のスターがマドンナでした。ヒット曲「マテリアル・ガール」では、80年代の消費社会を生きる女性を歌いました。1983年代いこうは、アメリカ経済は回復への兆しを見せ、アメリカの市場を目指して、海外からの大量の資金が流入します。高い利子と差益を求めて、烈しい資本移動が起きました。金融のグローバリズムが進展し、アメリカの経済・社会の形も急速に変化していきました。マイケル・J・フォックスが主演した『摩天楼はバラ色に』(1987年)では、金融の町ニューヨークに憧れる典型的な若者が描かれました。金持はどんどん金持に、ヤッピー(ヤング・アメリカン・プロフェッショナル)たちにとっては毎日がマネーゲームでした。そんな金融業界をスリリングに描いたのがオリヴァー・ストーン監督が描いた『ウォール街』でした。
空港会社の労働組合の委員長を父親に持つ主人公は、父親のようなブルーカラーで終わりたくないと考え、ウォール街での成功を夢見ます。憧れは企業買収のプロ・ゴードン・ゲッコーです。しかし、「強欲は善だ」といっていたゴードン・ゲッコーは結局インサイダー取引で逮捕されます。そして、1987年10月19日、ニューヨークの株式市場は株価が暴落し、いわゆる「ブラック・マンデー」が起きました。ブラックマンデーの翌年、レーガンの副大統領であったジョージ・H・ブッシュスが選挙に勝利します。
少し話がサブカルチャー史にそれてしまいましたが、1980年代とはこういう時代であったわけです。そうした時代に、金子みすゞをどう読み解くか。少なくとも、これまで書いてきたことから推察されるとおり、正義だとか悪だとか、強者とか弱者とかいう二元論ではないでしょう。そもそも、ポスト構造主義はこうした二元論に揺さぶりをかけたものでした。
それならば、どう答えるべきなのか。もちろん、正解はありません。しかし、金子みすゞの詩を読んで言えることは、前者「積もった雪」では上中下という階層において、どれかが可哀想であるのではなく、どれもが他の二者によって阻害されていることでしたし、「大漁」では、人間も鰯もどちらかが正しいわけでも、どちらかが弱者であるわけでもなく、どちらにもそれぞれ言い分があり、見方があったということではないでしょうか。
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【監修者】 | 宮川涼 |
プロフィール | 早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員。元MENSA会員。早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。一橋大学大学院にてイギリス史の研究も行っている。 |
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