総合型選抜や小論文対策の参考に~ドラッグストア 株式会社マツモトキヨシホールディングスの事例小研究
はじめに
2009年6月に改正薬事法が施行され、医薬品販売の規制が緩和される。これに伴い、医薬品販売市場への参入障壁は大きく低下し、ありとあらゆる小売り業者が参入することが可能になる。その結果、ドラッグストア業界は、スーパーマーケットやコンビニエンスストア、家電量販店など他業態との本格的な競争に晒されることになる。このように、ドラッグストア業界の競争環境は激化していく見込みである。
1 改正薬事法
1-1 改正薬事法とは何か。
近年、国民の健康意識の高まり、医薬分業の進展など一般医薬品(記事にある「大衆薬」のこと)を取り巻く環境は大きく変化している。このような背景の下、2006年に「薬事法の一部を改正する法律」が制定され、2009年6月より施行される予定である。これが一般的に改正薬事法と呼ばれているものである。今回の改正内容は、大きく分けて「医薬品の販売等に関する見直し」と「違法ドラッグ対策」の2つに分けられる。本稿では、前者の「医薬品の販売等に関する見直し」の中の「一般医薬品の区分変更」と「登録販売者の設置」に焦点を絞って説明していく。
1-2 一般医薬品の区分変更
改正前の薬事法では、一般医薬品は副作用のリスクに関わらず一律の扱いをしてきた。改正薬事法ではこれを副作用のリスクの程度に応じて、A(特にリスクの高いもの)、B(リスクの比較的高いもの)、C(リスクの比較的低いもの)という3つのグループに分類する。一般医薬品市場の市場規模は約6000億円とも言われており、そのうちのほとんどがB・Cに分類されている。
1-3 登録販売者
改正前の薬事法では、医薬品の販売は「薬剤師」がいなければ販売することはできないが、改正薬事法では、新設される「登録販売者」が前述の区分B・Cは販売できるようになるのが大きな違いである。登録販売者になるためには、各都道府県によって実施される試験に合格すればよいのだが、受験条件には「実務経験1年以上」という条件が課されている。これは、一見他業態から見れば大きな参入障壁となり、ドラッグストア側に有利なようにみえるが、不利な条件になる可能性もある。筆記試験の難易度が当初の想定よりも高いものとなるからだ。厚生労働省から出された「試験問題作成のための手引き」では5分野合計120問、正答率70%以上で合格となる厳しさである。そのためドラッグストア側においても新資格者の受験対応など育成コストや有資格者を引き抜きから防止する維持コストの増加により、人件費が軒並み増大している。
2 ドラッグストア業界の現状と課題
2-1 ドラッグストア業界の現状
2-1-1 ドラッグストアの定義
ドラッグストア業界についての分析を行っていく前に、まずはドラックストアの定義について触れておきたい。商業統計調査によればドラックストアとは、「医薬品小売業のうち、セルフ方式を導入しているもの」と定義されている。また、ドラッグストアの業界団体である日本チェーンドラックストア協会のHPによれば、「医薬品と化粧品、そして、日用家庭用品、文房具、フィルム、食品等の日用雑貨を扱うお店」、「健康で美しく、日々の生活に欠かせないさまざまな商品をおいている小売店」と定義されている。
2-1-2 ドラッグストア業界の現状と転機
ドラッグストア業界の2007年度の市場規模は4兆9657億円と推計されている(*1)。業界統計が行われ始めた2000年度以降、毎年着実に成長し続けている日本市場における数少ない優良市場である。2007年度における日本チェーンドラッグストア協会の推計では、2012年には10兆円産業にまで発展すると見込んでいたほどである。
しかし、日本経済全体の現状は、米国のサブプライムローン問題に端を発した世界的な金融危機が世界景気の一層の低迷を招き、経済環境をさらに悪化させ、その影響から円高に拍車がかかり、輸出企業を中心に大幅な減産や閉鎖に追い込まれるなど、雇用環境の急速な悪化を背景とした個人消費の冷え込みが顕在化している。また、景気の不透明感を受けた生活防衛意識の高まりから、購買意欲は低下し、さらなる個人消費の落ち込みも招いている。
こうした景気の影響は、好調であったドラッグストア業界においても避けられるものではなく、2002年度には15.8%もあったドラッグストア市場全体の売上高の伸び率は低下し、2008年度の市場規模は、ほぼ前年度横ばいの約5兆円程度と予測されている(*2)。
このような状況の中、ドラッグストア業界では生き残りを懸けたM&Aや資本・業務提携による業界再編の加速やスケールメリットによる価格競争など、業種/業態を超えた競争が激化している。その結果、上位5社(1位マツモトキヨシHD 2位スギHD 3位ツルハHD、4位カワチ薬品、5位サンドラッグ)のシェアは2007年度の22.5%からさらに3.8%増加し、2008年度は26.3%と一層寡占度は高まりつつある。
こうした中、ドラッグストア業界に大きな一つの転機が訪れようとしている。それが2009年6月に施行される改正薬事法である。
*1:日本チェーンドラッグストア協会「日本のドラッグストア実態調査」、2007年
*2:週刊ダイヤモンド編集部「産業レポート」2008年11月17日
2-2 ドラッグストア業界の課題
従来、ドラッグストア業界を牽引してきたドラッグストアはディスカウントストアとしての様相が強かった。売上構成比の低い日用品を目玉商品として集客しつつも、粗利率の高い一般医薬品の売上構成比を高めて利益を確保する「粗利ミックス」(*3)の手法で成長してきた。
しかし、イオン・ウエルシア・ストアーズや昨年夏にセブン&アイホールデシィングスからの出資を受け入れた調剤薬局最大手のアインファーマシーズなど、大手スーパーの参入により、スケールメリットを活かした価格競争が激化する恐れがある。たとえば、ドラッグストア業界一位のマツモトキヨシHDは不採算店舗の閉鎖(スクラップ&ビルドを含む)やPB商品を開新していく一方、販管費の抑制を図り、新POSシステムの導入やポイント失効期間の設置など新たな施策を行ってきたが、当然、規模の経済では大手スーパーやコンビニには到底及ぶことはできない。
こうなるとドラッグストアは、医薬品の専門性を強化することで、新規参入企業と差別化を図ろうと目論むしかない。折より、政府は社会保障費削減のため、軽度の疾病や未病の改善、病気予防などを、一般用医薬品等で自ら試みる“セルフメディケーション”を推進している。そのためにも服薬指導や薬歴管理など薬についてカウンセリングできる薬局の必要性が求められるようになった。そこで、ドラッグストア業界では各社「専門化」に取り組んでいる。
たとえば、マツモトキヨシHDでは2008年3月期の有価証券報告書の「対処すべき課題」に「調剤事業の拡大」と「地域に密着した『かかりつけ薬局』化を推進」することが専門性の強化、しいては競合他社に対する優位性・差別化となると記載している。
そして、この専門化のために欠かすことのできない存在が、高い知識を持つ販売員である「薬剤師及び薬事法改正による登録販売者」である。これらの販売員の確保と人材育成がドラッグストア業界全体に通じる課題となっているのだ。
*3:商品には高い粗利益率と低い粗利益率の商品があるが、「粗利ミックス」とは高い粗利 益率の商品の売上構成比を高めることによって全体の粗利益額を確保しつつ、売上構成比が低い低粗利益率の商品を前面に出すことにより、「安いイメージ」を 演出することでお客様を誘引し、全体としては「目標とした粗利益率」を確保する手法をいう。
3 株式会社マツモトキヨシHDの課題と今後の展望
3-1 マツモトキヨシHDの課題
3-1-1 マツモトキヨシHDの4P分析
マツモトキヨシHDの企業の概況は以下の通りである。
商号 | 株式会社マツモトキヨシHD |
売上高 (百万円) | 390,934 |
経常利益 (百万円) | 16,982 |
当期純利益 (百万円) | 6,801 |
純資産額 (百万円) | 93,872 |
総資産額 (百万円) | 195,981 |
自己資本比率 (%) | 47.5 |
自己資本利益率 (%) | 7.3 |
従業員数[外、平均臨時雇用者数](人) | 4,179[5,632] |
*主要事業である小売事業の薬班における店舗数は953店舗。
3-1-2 Product:商品構成
(図表1 マツモトキヨシHDの小売事業における商品別売上状況(2008年3月期)
マツモトキヨシHDの小売事業における商品別売上状況は上記図表1のようになっており、医薬品と化粧品の割合が高く、両方併せて過半数以上の63%を占めている。また、マツモトキヨシHDの有価証券報告書の商品別仕入状況から各商品別の粗利率を算出すると、医薬品が薬41%という高い粗利率を誇っているのに対して、一般食料品は約13%の粗利率と相対的には大きく低下している。このことから、上述の通り典型的な「粗利ミックス」の手法を用いていることが分かる。
3-1-3 Place:立地・出店戦略
立地・出店戦略を考えるにあたってドラッグストアの立地戦略は大きく分けて都市型と郊外型の2つに分類することができる。
まず、都市型出店戦略は売り場面積が狭いが、周辺の人口密度・土地代・人件費は高く、競争相手はコンビニ等になる。それに対して、郊外型出店戦略は売り場面積が広く、周辺の人口密度・土地代・人件費は低く、競争相手はホームセンターや大型スーパー等である。
マツモトキヨシHDの立地条件基準は繁華街や駅ビル、駅から近い場所であり、人口密度の高い場所である。また、平均売場面積は30~60坪と狭くなっている。以上のことから、マツモトキヨシHDの立地戦略は都市型出店戦略と分類することができる。
3-1-4 Price:販売戦略
販売戦略を考えるにあたっては、量販型戦略と高付加価値戦略の2つに分類することができる。量販型戦略は、若手活用などでコストを抑え、粗利益も低く設定した上で、安売りで大量販売を行う戦略であり、平均価格は低めに設定される。
これに対して高付加価値戦略は、薬剤師などの人件費にコストをかけ、医薬品など高粗利分野の比重を高め利益を確保する戦略であり、平均価格は高めに設定される。これらの量販型、高付加価値型の2つの戦略に分類するにあたって週刊東洋経済2007年4月14日号を参考に、縦軸を粗利益率、横軸を売上高人件費比率としたグラフを作成し(図表2)、その位置が右上に行くほど高付加価値型であり、左下に行くほど量販型であると考えた。
(図表2)
週刊東洋経済2007年4月14日号より
このグラフでマツモトキヨシHDは若干量販型に傾いた位置にあり、量販型的な平均価格の設定を行っていることが分かる。
3-1-5 Promotion:プロモーション
プロモーションは、新聞折り込みチラシと連動したインストア・プロモーションを重視。その他、テレビCM、WEBページ、ポイントカード会員に対するメールマガジンの配信などを行っている。
3-1-6 マツモトキヨシHDの位置づけ
これら4つのPの中から、特に注目したい項目がPlaceとPriceの二点である。そこで、縦軸をPlace(都市型・郊外型)、横軸をPrice(量販型・高付加価値)に設定したマトリクスを作成し、各ドラッグストアチェーンの特徴が一目で分かるようにした。このマトリクスではマツモトキヨシは(図表3)のような場所に位置付けすることができる。
(図表3)
3-2 マツモトキヨシHDの今後の展望
以上のような4P分析から分かるように、マツモトキヨシHDの戦略は
・駅前・繁華街をメインにドミナント出店する都市型出店戦略
・スケールメリットや粗利ミックスを活かした目玉商品の低価格販売による集客
にあると考えて良いだろう。しかし、既に業界分析で検討を加えたように、この現状の戦略では、スーパーやコンビニなどの他業態と戦うことは厳しい。前者の戦略でコンビニを本格的な競争相手にするには店舗数があまりにも違いすぎる(たとえば、セブン・イレブンの東京地区の店舗数が1616店舗であるのに対して、マツモトキヨシHDの東京地区の店舗数は274店舗である)。また、後者の戦略でスーパーと戦うには、規模の経済で及ばない。
それでは、このような状況の中、マツモトキヨシHDの今後の展望というのはどうあるべきなのだろうか。
それには、業界分析で既に検討を加えた「専門化」がある。実際、マツモトキヨシHDは専門化を推進している。しかし、本稿では紙面の都合上割愛したが、専門化という点においては、同じドラッグストア業界のスギ薬局が一歩抜きんでている。また、セブン&アイHDが資本参加した調剤薬局(*4)であるアインファーマシーズも専門性の高さは群を抜いている。その点、差別化を図るというより、既に大きく水をあけられているといってもよい。実際、マツモトキヨシHDにおける調剤併設店は現状約130店舗であり、全体の1割程度にとどまる。増店のカギは薬剤師の確保にあるが、人件費の増大や「2010年問題」(*5)など不安要素は少なくない。
そこで、有効活用したいのが、今回の「改正薬事法」によって新たに認められた「登録販売者」である。マツモトキヨシHDには小売事業の薬班(ドラッグストアの社員)だけで3599人の社員がいる。その多くは一年以上の実務経験を積んでいるため、コンビニやスーパーなどに対し、「登録販売者」予備軍の数において圧倒的な優位性を誇ることができるからだ。
こうした強みを活かした今後の展望として考えていきたいのだが、「登録販売者」の数を活かした「駅前・繁華街をメインにドミナント出店する都市型出店戦略」の推進と、競合となるコンビニの利便性に対抗できる24時間営業店舗の強化である。
身体の不調はTPOを選ばない。夜中に急な発熱や腹痛などに襲われた場合、近所の薬局薬店やドラッグストアは店を閉めていることが多い。そこで、24時間営業のコンビニでは、こうした需要を狙っている。しかし、コンビニでは薬剤師の確保はもちろん、登録販売者の確保も困難な状況にある。そのためファミリーマートですら、東京都内の2店舗で24時間営業の大衆薬売り場を設置するのがやっとのところである。それに対して、マツモトキヨシHDでは、3599人の「登録販売者」予備軍を既に抱えている。東京都だけで274店舗の店舗数に対して、671名の予備軍を抱えている。改正薬事法の施行を契機に24時間営業化を推進し、競合相手であるコンビニに差をつける絶好のチャンスが到来することになる。
*4:薬局は、調剤機能を持っている薬局(調剤薬局)と調剤機能をもっていない薬局(いわゆるドラッグストア)に大別される。
*5:薬学部が6年制へ移行した影響で2010年から2年間、薬学部卒業生が不在となり、人材確保にさらにコストがかかる可能性が高くなること。この販売コストの上昇は、これまでの業界の競争を大きく変えていく引き金となるともいわれている。
おわりに
改正薬事法が施行されるまであとわずかとなり、昨今これまで以上にドラッグストア業界の動きが慌ただしくなり、メディアでもドラッグストア業界の再編や企業の戦略が報じられることが多い。しかし、今後の展望で述べたような戦略を取っていくことで、マツモトキヨシは今後も業界1位の座を維持し、飛躍し続けていくことが十分可能だと考えられる。こうしたドラッグストア業界の動きは、薬事法が改正されてからもしばらくの間は続くことが予想される。今後もドラッグストア業界、そしてマツモトキヨシに注目していきたい。
参考URL
厚生労働省 http://www-bm.mhlw.go.jp/
社団法人 日本薬剤師会 http://www.nichiyaku.or.jp/
日本チェーンドラッグストア協会http://www.jacds.gr.jp/
マツモトキヨシHD http://www.matsumotokiyoshi-hd.co.jp/index.html
EDINET http://info.edinet-fsa.go.jp/
日本チェーンストア協会 http://www.jcsa.gr.jp/index.html
日本コンピューター株式会社
「薬事法の一部を改正する法律について」 http://www.nck.co.jp/healthpromotion_37.html
東京都福祉保健局「東京薬事インデックス」
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/yakuji/index.html
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【監修者】 | 宮川涼 |
プロフィール | 早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員。元MENSA会員。早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。一橋大学大学院にてイギリス史の研究も行っている。 |
社会=暗記という常識はもう古い!知識だけでは通用しない社会の問題(麻布中学校の社会の入試問題より)
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