西洋政治思想史~中学受験・高校受験・大学受験にも役立つ

01 政治思想史の意味

本講義は、古代ギリシアかにおけるデモクラシー(直接民主政)の誕生から、自由主義や社会主義といった「イデオロギー」の諸思想が展開したまでの19世紀までを対象とする政治思想史の講義集です(20世紀も多少扱います)。政治思想史という風に「歴史」の「史」がついていることからもわかるように、講義の構成は歴史的順序に沿って行っていきます。つまり、古い時代の話から始まって、読み進むに連れて新しい話になっていきます。基本的には一人ひとりの思想家やその著作を対象としているので、最初から読んでいけば、大学の「西洋政治思想史」の講義などで扱われるような重要思想家について一通り概観できるようになっています。

とはいえ、色々な思想を歴史順に紹介することにはどれほど意味があるのでしょうか。あるいは皆さんは次のように思われるかもしれません。「政治思想家というのは、政治について根源的な考察を行い、何かしらの政治的『真理』を発見した人のはずだ。しかし、『真理』というのは本来、歴史を超えて妥当するものではないのか。そうだとしてら、在る時代に『真理』であったものが、別の時代には『真理』出なくなることがあり得るのだろうか。もしそんなことがあるのであれば、そもそもそれは『真理』を僭称しているだけで、真理でもなんでもなかったのではないのか。」と。このような考え方には一理あります。現代でも政治思想や法哲学では、こうした真理は相対的であるという相対主義と相変わらず戦っています。それに実際、本講義で紹介するする思想家の中にはそうしたスタンス、考え方をした人がいます。政治をめぐる「真理」は数学的な真理と同じように、いついかなるときでも一義的に証明できるものであり、政治に残された課題はそれをいかに出現させるだけである、というのです。

そうだとすれば、多様な政治思想家の考えを歴史順に検討していくという本講義の形式はナンセンスなものになってしまうでしょう。「こんな考え方がある」「あんな考え方がある」とだらだらと説明されても、話がこんがらがってしまい、受講者は迷うばかりになってしまいかねません。これに対し、政治をめぐる本質的な事柄(真理)というのは、数学的証明のようなものではない、という考え方もあります。政治は、具体的な時代状況や社会背景があって始めて意味を持ち得るものです。それゆえ、具体的的な歴史の展開を抜きにして、政治を語ることなど不可能だと主張した思想家もいます。さらにいえば、およそ人間や社会を巡り真理は、歴史の過程を通じて、実現するとしたヘーゲルのような思想家もいます。それぞれの時代の個人や集団は目の前の課題にこなすのが精一杯である。しかしながら、後から振り返れば、それぞれ必ず歴史的な意味を持っています。ヘーゲルは「ミネルバのフクロウは黄昏時に旅立つ」」といったように、後になって意味が分かることもあるのです。

02 「自由」の発展史としての歴史という見方

そのような意味で言えば、「政治思想史」という科目の在り方が、どちらかといえば、ヘーゲル的な思考法に近いのかも知れません。とはいえ、現代においてヘーゲル的な歴史観が大きな挑戦(反論)にあっていることも事実です。たとえば、ヘーゲルは、人類の歴史を自由の発展史として捉えました。歴史を遡れば、一人の皇帝だけが自由で、後の人は奴隷でした。これに対し、古代ギリシアのポリスでは、そのポリスで生まれた全ての成人男性に等しく自由を認めたました。ただ、残念ながら女性や奴隷にはそれは与えられませんでした。これを受け手、すべての人間の等しい自由の実現が、その後の歴史課題となっていったというわけです。

このようにヘーゲルの場合は、「自由」がキーワードでしたが、同じように「歴史」とは「デモクラシー」を実現していく過程だ、という理解もあり得るでしょう。さらにいえば、人間の理性が開花する過程、経済活動や産業活動が発展しようとする過程において、人間の歴史を理解する人もいました。いずれにせよ、共通しているのは「歴史とは、ーーが実現していく過程だ」という発想です。この「ーー」には何を入れても構いませんが、ともかく、歴史には何か実現されるべき目標、あるいは理念のようなものがあると考えるわけですね。しかしながら、歴史とは本当にそういうものなのか、という疑問も当然あり得ます。つまり、歴史というのは、本当の一つの目標や理念をもった「物語」として語ることができるのか、これも改めて考える必要があります。

「物語」を作ろうとすれば、当然シナリオとキャスティングが大切です。話の筋が見えないと、読者は困ってしまうでしょう。したがって、主要なストーリーラインにのらない話はできるだけ除いて話した方が良いでしょう。まずは大枠の流れを知ることが先決かと思われるからです。さらに、誰が主人公で、誰が敵役で、だれが脇役かも考えていけません。配役には限りがあるので、エキストラにさえでられない人も出てくるでしょう。しかし、人類の歴史というのは本当にそういうものなのでしょうか。

そもそも「自由」や「デモクラシー」といった理念が、かつてはほどは、加賀役をもたらさなkなっているこtが問題かも知れません。「歴史とはデモクラシーが実現する過程なのだ」といっても、「デモクラシーってそんなにいいものなのか」「デモクラシーといわれてもあまりピンとこない」という人も増えています。ヘーゲルのように、人類の歴史を一つの目標や理念へと向かう壮大な「物語」として描くことにはどうも抵抗がある。このような感覚こそが、時代の一つの特徴かも知れません。

03 グローバル・ヒストリー時代の政治思想史

ヘーゲル的な歴史観については別の問題もあります。先程キャスティングということをいいましたが、人類の歴史にはその時代ごとに主役となる個人や民族がいるとヘーゲルは考えていました。先程の「自由」の話で言えば、君主一人だけが自由であった時代の主役が「東洋的(オリエンタル)な」帝国であったのに対して、少数者が自由である時代を切り開いたのが、古代ギリシアであり、その後、古代ギリシアの文化を継承したヨーロッパが歴史の主役になった、というわけです。

このようなヘーゲルのキャスティングには、現代では多くの批判が寄せられています。まず「オリエンタル」という概念ですが、「東洋的専制(オリエンタル・デスポティズム)などという言葉がしばしば使われるように、「東洋=専制」「西洋=自由」という二項対立的な考え方が、ここでは前提とされています。しかしながら、そもそも「東洋的」とは何かということを含めて現在では、このような理解に対しては批判が多く寄せられています。また、古代ギリシアの文明がヨーロッパに継承され、そのヨーロッパ人が人類史の主役になったという歴史観に対しても「西欧中心主義」であるとかそういう批判はごく一般的なものとなっています。もちろん、古代ギリシアやローマの文明が、その後の人類の歴史に大きな影響を与えたことは間違えないでしょう。

とはいえ、このような古代文明を継承したという視点からすれば、重要なのはイスラム圏であるはずです。ヨーロッパはかなり後の時代になって、イエスラム圏から古代のギリシアやローマのなどの文化を学び直したことは間違え在りません。この点が、ヘーゲル的な歴史認識からはすっぽりと抜け落ちてしまっているわけです。また、中国文明についての理解も問題があります。現在の歴史家が明らかにしているように、近代ヨーロッパは中国からの影響を受け続けました。にも拘わらず、ヘーゲルの歴史観においては中国文明は「東洋的帝国」にひとくくりにされてしまっているわけです。

現在「グローバル・ヒストリー」という言葉がよくいわれます。これまで「歴史」というと、現在の国境を枠組みにして編集された各国史が一般的でしたが、こうした枠を取り払ってみる必要があるのではないかということです。古代ギリシアを直線的に近代ヨーロッパに結びつけて、これを歴史のメインストリームとする歴史観も見直しの対象です。政治思想史もまた、見直しを免れません。これまでの政治思想史は、ヨーロッパ中心史観の影響に発展したことは事実である。果たして、21世紀に相応しい政治思想は可能な丘、改めて考えていく必要があるでしょう。

04 政治的人文主義と共和主義

本講義では、以上のような時代の要請に応えることを一つの課題として構成されています。また、以下のような方針を採用していることを予めお断りしておきます。第一の方針として、「政治的人文主義」や「共和主義」という考え方を導入しています。それぞれの概念については、後ほど詳しく論じることになりますが、重要なのは読むことの重視です。政治思想史においては「Classic(古典)」と呼ばれる一連の書物があります。この場合の古典とは単に古い本という意味ではありません。そうではなく、「時代を超えて読み継がれ、常に参照され続けた書物」のことです。

この意味で言えば、政治思想史とは「古典」が読み継がれてきた歴史です。本講義で扱うどの思想家も、自分なりに「古典」を選びそれを深く読み込むことで自らの思想を形成していきました。いわば「古典」を読み、そこで得られた視座や思考法をもって、自らの目の前にある現実に取り組もうとしたのです。そして、そのような彼らの著作が古典となっていきました。

次に「Humanism(人文主義)」とは、本来このような古典を読み解く知的営みの伝統を指し示しますが、政治的人文主義とは特に政治に焦点を置くものです。そこでは、既に指摘した様に古代ギリシアやローマが極めて重要な位置を占めました。この場合、「自由」や「デモクラシー」といった概念を生み出した古代ギリシアが重視されるのはもちろんですが、ローマの重要性もこれに劣りません。とくに共和制(Republic)時代のローマが持った権威には巨大なものがありました。そこで強調された「公共の利益」という理念を継承する知的潮流は、しばしば「共和主義」と呼ばれます。政治思想史を直ちに「自由」や「デモクラシー」の発展の歴史と決めつけるのではなく、こうした具体的な「古典」を通して考えていきたいと思います。

05 ヨーロッパの地域性

第二の方針は、既に述べたように、グローバル・ヒストリーの時代に相応しい政治思想史を構想することです(それは、アンチ・グローバリズムも含むものとして)。とはいえ、講義は古代ギリシアから始まり中世ヨーロッパを越えて近代ヨーロッパへ向かっていくので、その意味で、ヨーロッパという枠組みから離れたものではありません。しかいs、ヨーロッパの地域性を重視していきたいと思います。というのも、ヨーロッパの歴史を振り返ると、とても興味深い、世界の他の地域には見られない特徴を持っていることに気づかされるからです。一例を挙げれば「ヨーロッパの一体性」です。現在もEUの拡大が進行中であり、どこまでがヨーロッパか議論があります。しかしながら、ヨーロッパの歴史を見ても、極めて短い例外の時期を除けば政治的な統一が存在したことは殆ど在りませんでした。現在、「ヨーロッパ」と呼ばれているのは、かつてのローマ帝国の版図の一部ですが、この範囲を政治的に統一する権力は二度と現れませんでした。代わりに、この地域の一体性を守ってきたのは長らくカトリック教会でした。

世俗の権力とは別個に宗教組織が発展し、両者の関係が極めて緊張に満ちていたのが、ヨーロッパの特徴です。この特徴は、そこに生まれた「政教分離」という原則とも密接に結び着いています(それ故、現在でもイスラム圏を中心にこの原則に反する動きがあります)。本講義を通じて、明らかにしたいのは、極めて歴史的な個性を持ち、その限りで「地域性」をもつヨーロッパが生み出した政治的理念のうち、何が、どこまでの「普遍性(universality)」を持ちうるのか、ということになるのです。

06 政治哲学との架け橋

最期に第三の方針として、政治思想史と政治哲学との架け橋を挙げておきたいと思います。ここで政治哲学とは何か、政治思想史とは何か、について長々と続けることはしませんが、ここまで論じてきたことからもわかるように、政治思想史の伝統において大切であったのは、過去の古典を読み、そこで得られた視座や思考法をもって、自ら目の前にある現実に取り組むことです。そうである以上、政治思想史研究が、現実社会における政治の在り方についての哲学的考察と結びつくのは当然のことです。

但し、政治思想史と政治哲学が全く同じものであるわけではありません。政治思想史には政治思想史の、政治哲学には政治哲学の、固有の思考法があることは間違いありません。両者を安易に結びつけることは慎むべきでしょう。少なくとも、政治思想史研究においては、古典となる文献のテキストの精緻な読解と、その古典が書かれた時代状況や社会背景の理解が必要不可欠です。このことを抜きに、古典で読んだことを直ちに自分の目の前の現実に適用すれば時代錯誤(Anachronism)との批判を免れ得ません。これに対して、政治哲学研究においては、現実の政治的課題に対し哲学的基礎を持った解答を示すことが重視されます。その場合、現実を読み解く何等かの概念が必要になりますが、その概念は、政治思想史研究から導入されます。とはいえ、経済学を始め、他のいかなる専門分野からであっても有効な概念さえ見つかればいいわけです。

このように、政治思想史と政治哲学は直ちに一体であるとはいえませんが、両者がばらばらに展開されるのも生産的ではありません。そこで、本講義では、現在政治哲学で論じられる多くのテーマや概念が、政治思想史の中でどのように生まれ、またどう変化してきたのを探るつもりです。また、特にキーワードとして現代の政治哲学でも強調される諸概念についてはより詳細に解説を施していきます。現代を生きる人間にとって、政治思想史は尽きることがないの知の源泉です。魅惑的な古典の世界へ皆さんをご案内することが出来れば幸いです。

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【監修者】 宮川涼
プロフィール 早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員。元MENSA会員。早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。一橋大学大学院にてイギリス史の研究も行っている。

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早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。
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