国立及び難関私大対策世界史特講:イギリス近代史を学ぶ
国立及び難関私大対策世界史特講:イギリス近代史を学ぶ(1)
01 序章
国立及び難関私大(早稲田や慶應、上智など)を目指す方のための、イギリス史をまとめてみました。川北稔『イギリス近代史講義』を皮切りに、色々文献は扱っていきますので、最後に参考文献一覧表として掲載し、その都度の引用に関しては特別な場合を除き明記しません。予めご了承ください。
さて、国立大学(東大や京大、一橋を初めとした難関国立大学や旧帝大など)の世界史記述対策や難関私大(早稲田や慶應、上智など)の対策として本稿を書いてはいるものの、半ば以上執筆者の趣味に基づきます。というのも、おそらく記載内容は大学入試のレベルを大きく超えてしまうからです。それでも、あえて何故イギリス史なのかと申しますと、イギリス史というのは、日本にとって非常に身近でありかつ、また学ぶべき事柄が多いと思うからです。
かつてイギリスというのは、日本にとって近代化と資本主義発展のモデルでした。イギリス近世・近代史というのは、日本人の知識人にとって広くそのように認識されて、共通の関心事でありました。しかし、高度成長期とともに、日本はイギリスを追い越し、逆にイギリスの方が日本を学ぶような事態になりました。もはやかつての大英帝国の面影はなく、アメリカに追い越され、日本に追い抜かれた衰退した国と思われるようになったわけです。
しかし、現実的には歴史は更に転換します。それが日本の「失われた二十年」といわれる事態です。日本は1989年に始まるバブル崩壊以後、日経平均株価は低落し、GDPも世界ランキング二位から中国に抜かれ三位になり、2023年中には現在第四位のドイツに抜かれるであろうと予測されています。人工的に五位のインドに抜かれるのもそう遠くはない将来でしょう。一方、イギリスもかつての支配していたインドに抜かれ現在は第六位、凋落ぶりは日本と同様以上です。日本人は、今こそ理想としてのイギリスではなく、日本より先に衰退していったイギリスの凋落ぶりにこそ今後の社会経済を学ぶ必要があるように思われるのです。
かつて、歴史学の世界では「現在は工業化社会」であるといっていました。しかし、現在は、工業化は行き詰まり、情報や金融が隆盛する時代です。工業化から脱工業化へと世界史は変貌を遂げているのです。実際、かつてイギリスや日本を支えた製造業は下火になり、現在は情報産業や金融産業を中心とする第三次産業が中心となっています。もちろん、だからといって、工業が不必要になったわけではありません。実際、現在の中国を見れば分かるように、強大な工業力と情報産業が世界第二位の経済力を支えています。そういう意味では、工業化が終焉したのではなく、工業化プラス情報や金融という時代になってきたといえると思います。
そこで、本記事では、製造業という第二次産業の発展と情報や金融という第三次産業の相克を軸に近世及び近代のイギリス史を学んでいきたいと思います。イギリス経済の勃興と衰退という両側面を追うことで、日本の今後の行く年来る年を見据えることができるのではないでしょうか。
01 ダイオス現象ー都市化の成り立ち
まず、最初に俯瞰しておきたいのは、都市の成立です。都市といっても、古くはシュメール人の都市から古代ギリシアの都市、ローマの都市など昔からある概念に思われますが、ここで取り扱いたい都市というのは、現代の都市です。冒頭に記したダイオス現象というのは、イギリス・レスター大学のH・J・ダイオスが「近現代の都市研究が歴史学の一部であるばかりか、他の分野でも非常に重要だ」といったことに端を発します。では、現代の都市とは何でしょうか?日本の政令指定都市のように人口が密集したところでしょうか?下の写真のような渋谷のスクランブル交差点などを見ると、「なるほど、都市とはこういうものではないか」という気もします。
確かに、渋谷は現代的な都市といえるかと思います。しかし、それは単に人口が多いからというよりは、その都市が都市たるゆえんは、「匿名性」にあるのではないかといわれてます。匿名性というのは、知らない人ばかりがいるということです。実際、たまにYouTubeやTikTokのような動画をみていると、このスクランブル交差点でダンスをするようなパフォーマンスをしたりする人の動画などがあがっていたりしますが、そういう少し奇抜な行動をとる人ですら、人びとは一瞬はびっくりすることがあっても、記憶にとどめることもなければ、もちろんその人の名前も経歴も分かりません(スクランブル交差点で変なことをするのは法律や条令に反することがあるのでやめておきましょう)。
逆に、私が小学校から高校まで育った仙台では、仮にそういう変なパフォーマンスをする人がいたら、警察に通報されるか、町中の有名人になってしまいます。イメージがわかない人のために写真を掲載すると、こんな感じです。
これくらいの町ですと、町の人は大抵顔見知りです。私がふらふらと町中を歩いていても、だいたい「○○さんちのXXだ」と指を指されます(悪い意味ではないと信じたいです)。こういう顔見知りの人しかいない町を中世都市以前の都市とすると、現代の都市は、袖振り合うのも縁のうち、などということは全くなく、相手を知らないことはもちろん、関心さえ起きません。
では、渋谷的な近代・現代の都市というのはいつ頃生まれたのでしょうか。世界史的な観点でいうと、さまざまなことがいえるかと思いますが、本記事では日本のモデルであったイギリスを通して、歴史を紐解いていきたいので、イギリス史に限っていえば、大体16世紀のロンドンで発生したといわれます。これは世界史的にみてもかなり早いほうでしょう。人口としては数万人程度といわれているのですが、17世紀も終わりになってくると、人口50万人くらいともう現代の日本の政令指定都市並です。
では、どうしてそんなに多くの人がロンドンに集まっていったのでしょうか。その答えを探す手がかりは、近世イギリスの家族のあり方にあるといわれています。
02 近世イギリスの家族のあり方
この時代のイギリスにおける家族のあり方やライフサイクルは、リグリーという学者の「家族復元法」という分析方法などに基づいて考えられます。「家族復元法」というのは、イギリス人は教区(parish)中心に成立していたことに注目し、教区の教会で先例を受け、結婚するときは結婚許可証を受け、なくなるとそこで埋葬されていった経緯を丹念に確認していき、戸籍のようなものを復元するやり方です。この方法で、子供の数がどれくらいいたのか、どれくらいの間隔で子供が生まれたのか、平均寿命はどれくらいであったのか、はたまたいつ頃から避妊のようなことをはじめたのかというも分かるようになりました。
その結果、分かったことは大きく三つにまとめられます。一つ目は、イギリスでは、かなり早い時期から単婚核家族であったということ。二つ目は、晩婚の社会であったということ。ちなみに、どれくらい晩婚であったかというと二十代後半くらいでようやく結婚するという形だったようです(この遅さは工業化以前の社会ではかなり珍しく、ほとんどの社会では10代の中頃で結婚していました)。そして、三つ目は、だいたい十四歳前後から短くても七年、長ければ十年程度どこかよその家で丁稚奉公にいくということでした。これをライフサイクル・サーヴァントと呼びます。
とりわけ、三つ目の特徴はイギリス特有の現象で、一番良く知られているのは、世界史でもよく習う徒弟(手工業者になるものが最初につく見習いのこと)で、これが七年くらいであったそうです。それから、今でいうお手伝いさんのようなものもあったそうです。これは女性に限らず、男性にも多かったそうです。そして、一番多かったのは、農家に農業の奉公をしにいく、農業サーヴァントといわれる人たちでした。また、一般に、徒弟制度では、七年間は親方を変えませんが、農家に入ったサーヴァントは一年で親方を変えるのが原則でした。一年の終わりの秋に、サーヴァントの次の年の雇い主を決める市が開かれます。「市」であるのに、簡単に言ってしまえば、人身売買ですね。後に、経済的的効率も悪く、人身売買ということもあって、批判にさらされなくなってしまいますが、近世のイギリスでは市というのは全国的に盛んにありました。モップ・フェアというのですが、モップを使った仕事が得意だという女の子が、モップをも持って立っている。雇う側がそれを探しに行くという形でした。、
こうしたことが絡み合って、父親と母親のあいだに生まれた子どもは、一般的には14歳になると、早くは4、5歳のこともあり、逆に遅くまでいた人もいたでしょうが、親元から離れて奉公に行きます。自分の生まれた家と同等か、多くは社会的にやや上位の家庭に行きます。貧しい家にはいきません。だから、若者は、少しずつ上位の家に行くことになります。農家サーヴァントであれば、毎年親方は変わっていきますが、徒弟であれば七年間親方のもとで修行をします。14歳から7年勤めると、21歳で、イギリス伝統的な成人の年を迎えます。サーヴァントはそのまま居続けることが多く、10年くらい居続けると20歳代半ばになっています。サーヴァントは、住み込みで独身であることが大前提なので、結婚はしません。したがって、このシステムは、イギリスの近世社会における晩婚化を促しました。
国立及び難関私大対策世界史特講:イギリス近代史を学ぶ(1)
【監修者】 | 宮川涼 |
プロフィール | 早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。 |