私学教員適性検査の「教職教養」の内容に引けを取らない武蔵中学の社会の問題
00 前書き
既に中学受験御三家の一角麻布中学の社会の問題でも紹介しているように、今回は同じ御三家の一つ武蔵中学校からの社会の入試試験を紹介していきたいと思います。テーマは「平等に見える教育制度の落とし穴は何か?」というものです。保護者の皆さんでもこの問いにぱっと答えられる方は少ないかと思います。中学受験を控えるお子様の教育において、現代の教育環境を深く理解することは非常に重要です。今、教育界は大きな転換期を迎えており、これまでの暗記中心の学習スタイルから、より応用力と創造性を重視する方向へとシフトしています。
1999年にGoogleが登場し、2023年には生成型AI、チャットGPTが社会に導入されるなど、情報技術の進化は著しいです。この技術進化は、教育界においても新たな教育方法の必要性を生み出しています。従来の教育は、知識の記憶・暗記といった点に重点を置きましたが、現代社会では、そのような暗記型の秀才だけでは対応しきれない課題が出てきています。
情報化社会では、情報の収集、整理、分析が容易になっています。これにより、学習者は単に情報を記憶するだけでなく、その情報をどのように活用するかが重要になっています。教育学では、このような変化を「深い学習」(deep learning)や「批判的思考」(critical thinking)という概念で捉えています。深い学習とは、知識を表層的に覚えるのではなく、それを理解し、自らの考えや新たな状況に応用する能力を指します。批判的思考は、与えられた情報をただ受け入れるのではなく、その妥当性を問い、論理的に考える能力を意味します。
教育経済学の観点からも、21世紀の労働市場では、従来の学習方法では対応しきれないスキルが求められています。これは「21世紀のスキル」(21st-century skills)として知られ、批判的思考、創造性、コミュニケーション、コラボレーションといった能力が含まれます。これらのスキルは、情報を効果的に活用し、新たな価値を生み出すために不可欠です。
中学受験においても、これらの変化が反映されています。現代の中学入試では、単に正しい答えを導くだけでなく、問題解決プロセスを評価する傾向にあります。これには、論理的思考力、問題解決能力、そして創造的思考能力が求められます。
入試問題は、単なる知識の確認から、知識をどのように使うかを問う形式へと変化しています。例えば、数学では単に公式を覚えて解くだけではなく、その公式がどのように導かれるか、または異なる状況にどのように適用できるかを問う問題が出されるようになっています。国語では、文学的な理解だけでなく、テキストを深く読み解き、それに関する自身の意見や解釈を述べることが求められます。
お子様を中学受験に向けて支援するにあたり、保護者の皆様は、従来の暗記中心の学習方法を見直し、より深い学習へのアプローチを取り入れることが重要です。これには、お子様が学んだことを実生活に応用する機会を提供することや、学校外での体験学習など、多様な学習経験を積むことが含まれます。
中学受験は、お子様の学問的なキャリアにおいて重要な一歩ですが、それは単に合格するためだけのステップではありません。それは、お子様が情報化社会において必要とされるスキルを育成し、将来に向けて準備するための機会です。保護者の皆様は、この新しい教育環境を理解し、お子様がその可能性を最大限に発揮できるよう支援していく役割を担っていかなければなりません。
02 武蔵中学の社会の問題
みなさんはなぜ学校で勉強をするのかについて、考えたことはありますか。日本国憲法第26条では、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする」と定められています。憲法意外にも教育基本法などが定められており、学校での教育はこれらの法律にもとづいています。今日は、学校制度がどのように移り変わっていったのかについて学んでみましょう。
日本では明治維新後に、欧米に習って近代的な学校教育制度を整備し始めました。江戸時代にはいわゆる「読み書きそろばん」を教える教育機関や、藩が設置した藩校と呼ばれる学校もありました。また、儒学や蘭学などをより高度に学べる私塾も各地に存在しました。しかし、身分や性別に関係なくすべての国民を対象とする、国家の制度としての教育の仕組みは存在しませんでした。
明治政府は1871(明治4)年に文部省を設置し、全国に学校を開く準備を進めました。1872年に教育に関する最初の法令である学制を発布し、まずは小学校を設置することに力を入れました。富国強兵を目指す政府は、国の発展を担う人材を育てるためにも男女を問わず初等教育を普及させることが重要だと考えたのです。1879年には学制に代えて教育令を出しましたが、小学校を重視する方針は変わりませんでした。明治時代末までには帝国大学や高等学校のような上級の学校の仕組みも整えられ、大正時代には私立の大学や高等学校も増えてきました。時期により制度や学校の仕組みは多少異なりますが、1947(昭和22)年に公布された学校教育方に基づく制度と、それまでとを大きく区別して、戦前の教育制度や学校を「旧制」と呼んでいます。旧制の学校が現在と大きく異なるのは「複線型」の仕組みであり、義務教育とされた小学校を卒業した後は原則として男女が別々に学ぶ体制であったことです。
小学校後、さらに上級の学校を目指す場合、男子は中学校や高等学校を受験することができました。高等学校は帝国大学に進学するための学校でした。このほかにも男子が学べる学校は、教員になるための高等師範学校や、石になるための医学専門学校などさまざまな専門学校や大学がありました。学校や資格試験制度を通じて、国の役人になったり、裁判官や弁護士、医師になったり、企業に就職したりする機会が得られたのです。しかし、女子の進路は大きく制限されていました。男子の中学校に相当する高等女学院以上の学校としては、一部の大学が門戸を開いていたものの、原則として高等女学校で学べる期間も中学校より短く設定されていたり、教育内容も法制及び経済(のち公民科)などの科目が設置されていなかったりしました。代わりに、中学では教えられない家事や裁縫などが設置されていました。ただ単に男子と女子が別々の学校で学んだというだけではない違いがあったことには注意が必要です。
とはいえ、男子であっても中学校・高等学校・帝国大学というコースを歩んだのはごく一握りの人々でした。時代によって差はあるものの、多くの人々にとっては義務教育は小学校、あるいは小学校後さらに数年間学ぶことができた高等小学校が最終学歴であり、高等学校に進学できたのは同年齢の100人に1人程度でした。形式的には生まれにかかわらず、すべての人々が小学校に通うことができ、男子であれば上級の学校に進学し、個人の努力や能力に応じてより高い社会的地位を目指すことができることになっていましたが、実際には、生まれた家の経済力も進学や社会的成功が可能かどうかに大きく関わっていたのです。上級の学校になるほど学校の数も限られたので、地方出身者にとっては、学校が都市までの距離も進学の壁となっていました。
第二次世界大戦が終わり、日本国憲法が施行されると、憲法の精神に基づいて新たに教育に関する法令が出されました。憲法で教育を受ける権利が保障されたのは最初に述べた通りですが、教育基本法では、国民は性別や社会的身分、経済力や信条にかかわらず、教育を受ける権利が与えられることが明らかにされました。能力があるのにもかかわらず、経済的な理由により学校を選ぶことができないもの対しては、国や地方公共団体が、学校で学べるようにしなければならないことも定められています。複雑だった学校の仕組みも、学校教育法によって小学校6年・中学校3年・高等学校3年・大学4年を軸とする「単線型」となり、このうち小学校6年間と中学校3年間が義務教育とされました。
戦後の復興と経済成長が進む中で人口も増加し、それにあわせて学校も増設されました。都市部では多くの労働力が必要とされ、地方の中学を卒業したばかりの若者たちを集団で就職させることも行われ、こうした若者たちは「金の卵」と呼ばれました。その後、しだいに労働力の中心は中学を卒業した人々から、高校を卒業した人々へと変化していきました。経済的に豊かになった人々の間で教育に対する熱意が高ま絵っていくと大学への進学率も上昇し、旧制のもとではごく少数であった大学生もめずらしくはない存在となっていたのです。こうした大学進学志向の高まりや社会の要請にこたえるため、大学はどんどん増えていきました。
現在では義務教育ではない高校への進学率はほぼ100%に達し、大学への進学率も60%近くになっています。しかし、大学進学については、そのうちわけをみてみると、男女や地域によって、進学率に差があることがわかります。また、教育に対する熱意の高まりは地方で都市部を中心に受験を通じての中高一貫教育への志向を強くなることとなりましたが、それは受けられる教育が家庭の経済力に左右されることになりかねません。憲法では国民は誰であれ、能力に応じて教育を受ける権利が保障されています。それにもかかわらず、こうした差が生じるのはなぜでしょうか。学校に通い、教育を受けられることは当たり前と思っていしまうかもしれませんが、立ち止まって考えてみたい問題です。
(一部問いを省略)
問3 問題文にあるように、学校制度の創設は明治政府が目指した富国強兵と強く関わっていましたが、学校教育は「強兵」とどのようにかかわっていましたか。考えられることの例を一つあげなさい。
問4 戦前の日本では、女性に対してどのような社会的役割が求められていましたか。問題文にある旧制の学校制度や教育内容から分かることを書きなさい。
問5 日本および諸外国の学校制度に関して以下の問いに答えなさい。
(あ)資料1の「ア」はアメリカ、「イ」はドイツの学校の仕組みを示したものです。日本の旧制の仕組みに近いものを選び、記号で答えんさい。
(い)学校卒業後の進路を考えた時に、単線型と複線型ではどのような違いがありますか。
問6 資料2は、関東地方一都六県の男女別大学進学率を示したものです。横軸は都・県内での進学率、縦軸は都・県外への進学率を示しています(横軸の数値と縦軸の数字を足したものが、その都・県の大学進学率を表します)。問題文にもある、男女や地域による進学率の違いについて、資料から読み取れることを書きなさい。
問7 平等に教育を受ける権利は憲法で保障されていますが、問題文にもあるように実際にはさまざまな格差の例を一つあげ、現在どのような対策が取られているかについて知っていることを書きなさい。
(武蔵中学校「社会」)
如何でしょうか?これは戦前の教育制度に見えるジェンダー格差と現在でも性別や地域による教育格差は歴然としていること、そして、平等に教育を受ける権利を守るためにどうすべきなのかを答えさせる問題となっています。通常、中学受験勉強の社会科で、学校ではもちろん、進学塾などでも、学校の制度についてここまで細かくは学びません。中学や高校に入っても学ばないでしょう。大学でも教育学部とかでそういう科目を履修しなければ知ることも無いまま大人になるのが普通で、保護者の皆様が見ても「はじめて聞いた」というような話だと思います。
当然、12歳の中学受験に臨む小学生にとっては、この問題文で初めて知ることは多いでしょう。問題文の中に下線部や空欄はありませんので、素直に問題文そのものをじっくり読んで考えてほしいというのが御三家名門の武蔵中学の出題意図なのでしょう。問1と問2を省略したのは、問1と問2の問題は、江戸時代の教育機関である「寺子屋」を答えさせる問題なので、そもそも解答が問題文に書いてあることと中受受験者はほぼ100%答えられる問題だと思うので割愛しました。また、問2は地理の知識を問う問題ですが、江戸自体の私塾で緒方洪庵が開き、福沢諭吉などが学んだ「適塾」がどこにあるのかを問う問題(大阪です)やオランダ商館の医師として来日したシーボルトが開き、高野長英などが学んだ鳴滝塾の場所(長崎です)や伊藤博文や山県有朋が学んだ吉田松陰が開いた(正確には、吉田松陰の父の玉木文之進)松下村塾について問われているような問題だったので、中学校受験できちん社会科の勉強をしている中受生は100%答えられる簡単な問題なので割愛しました。
しかし、問3以降は、難問です。少しシュールな問題ともいえます。また正解がないといってもおかしくない問題ですね。少なくとも、オンリーワンの、唯一の模範解答があるというタイプの問題ではありません。明治政府が目指した「富国強兵」の「強兵」の部分に学校教育がどのように関わっていたのか。あり得る答えとしては、オーソドックスに答えるならば、「命令を正しく理解し、従うことのできる人材を育てるため」でもよいでしょうし、一般論的ですが「集団行動を教える」でも「体育などで、体を鍛えるため」などと書いても良いでしょう。
浅野中学校の社会の問題
武蔵中学校の社会の問題
晃華学園中学校編
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【監修者】 | 宮川涼 |
プロフィール | 早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員。元MENSA会員。早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。一橋大学大学院にてイギリス史の研究も行っている。 |
社会=暗記という常識はもう古い!知識だけでは通用しない社会の問題(麻布中学校の社会の入試問題より)